「人生において無駄なことと、大事なことを今まで以上にはっきり区別する人達が増えてくる。」
少し歴史をさかのぼれば、飢えは人類にとって常に身近な問題で、必要なカロリーを得ることが困難だった先史時代を生きた人びとは、手に入れた食べ物を最大限に活用する適応力を身につけたからこそ、人類は現代まで生き残ることができました。(1)
ここで言う、「適応力」とは、正しいものを食べるということを指しますが、20世紀後半から現代にかけて、食のシステムは大きく変化し、季節問わず様々な野菜がスーパーに並んだり、価格もどんどん下がっていく中で、常に飢えと重労働が当たり前だった人類にとっては、夢のような食の革命が現代まで続いています。
↑正しい物を食べるという「適応力」があったからこそ、人類は生き残ることができた (Connecticut State Library)
しかし、餓死が無くなった先進国を中心とする地域では、肥満や心臓病、そして糖尿病など、現代の食生活が作り出す負の連鎖の中に巻き込まれ、さらに食品会社がマーケティングコストや宣伝費を惜しみなく使って、大量生産した食べ物を消費者の口へ運び続けています。
あるデータによれば、消費者が食品に支払う代金の約20%は広告の費用で、アメリカ食品産業はマーケティング活動に年間約2兆5080億円を投じており、これは自動車業界に次ぐ金額に値します。(2)
↑巨額なマーケティングコストが食品を消費者の口の中へと運ぶ(Hsuan Yu Chen)
食の在り方は、日本でも日々進化しており、例えば、1970年代以降、「ブームとしての食=ファッション・フード」というものが生まれ、ティラミスやナタデココなど様々なブームが作られては消えていきましたが、現代ではすべての日本人が飛びつくようなファッション・フードという概念も無くなりつつあると言われています。(3)
現代は、女子高生からサラリーマンまでが流行に乗る、ブームとしての食ではなく、自然志向や健康志向を考慮した「地産地消」や「スローフード」を強く意識した人たちと、「メガマック」や「メガ牛丼」といったお腹が一杯になればなんでも良いといった人が二極化する傾向にあり、メガフードを毎日食べている人が、マクロビオティックを同時に意識するはとても考えにくいです。
↑明らかに二極化していく日本の食卓 (Jessica Spengler)
産地や流通の仕方が透明化していく中で、「何を食べるか」は、知識を持つ人と持たない人で大きな差が出るようになり、すでにアメリカやイギリスでは政治活動を懸命に行い、政府に自然環境保護を訴えるのではなく、オーガニック食品を販売する企業の商品を購入して、応援することで企業を動かし、社会の問題を解決しようとする動きが出てきています。
クリエイターで、作家でもある高城剛氏によれば、現在イギリスでオーガニック・フードを食べることは金融で疲労したイギリス国家への“反逆”行為を意味し、高城さんの周りのDJの友人たちは、次のように言うと言います。(4)
「いま、世界でもっとも反社会的な行為は、ストリートでおいしい野菜を売ることなんだ。そうすれば、誰にも咎(とが)められずに堂々とアナーキーなことができる。」
↑消費によって政治を動かす (Die Grünen Kärnten)
人は口にするものを選ぶにあたり、それが科学的にどうかというよりは、それが感覚的に気分が良いかという基準で判断する傾向があるようで、いくらテレビや新聞で地球環境が危ないと連日報道されても、なかなか実感が湧きませんが、体に良いものを食べるかどうかで、体調は大きく変化するため、自分の体を通じて地球環境を感じ取るという方法は非常に分かりやすいです。
そう言った意味でも、何を食べるかが、その人の政治的考えを表すというのは的を得ていますが、食べ物以外にも、海外のセレブたちがハイブリット車のプリウスに乗ったり、ロック・ミュージシャン達がアフリカの貧しい人達に向けてフェスを開催したりするのは、カウンター・カルチャーに由来する立派な政治運動なのでしょう。
↑口に入れるものによって、地球環境を身近に感じる (Britt Selvitelle)
もうカロリーを企業が押し売りする時代は終わりに近づいているのかもしれません。
従来、食品を扱う企業が最も手っ取り早く価値を加える方法は砂糖と油脂を足すことでしたが、これからの食品は別の付加価値を加えて、大きな利幅を上乗せしていく必要があり、「中身化する社会」の著者で2013年にニューヨークとサンフランシスコを旅した菅付 雅信さんは、「人生において無駄なことと、大事なことを今まで以上にはっきりと峻別」する人々が増えてきたと述べており、今後、食にしっかりとした意識を持つ人と、そうでない人の差はどんどん広がっていくと考えられます。(5) (6)
人間の体はあなたが口にしたもの以外で作られることはありません。それは身体的な体だけではなく、意識や思想の部分も恐らく同じことなのかもしれませんが、まずはファッション感覚でも何でも構わないので、口に入れるものを変えることで、大きな変化を感じることに気づくでしょう。
もし、世の中のお金や権力に振り回されたくないのであれば、これが世の中に対する一番クールな反発の仕方なのかもしれません。
※参考文献
1.ポール・ロバーツ「食の終焉」(ダイヤモンド社、2002年) P168
2.ポール・ロバーツ「食の終焉」P96
3.速水健朗「フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人」(朝日新聞出版、2013年) Kindle 155
4.高城剛「オーガニック革命」(集英社新書、2010年) P42-46
5.ポール・ロバーツ「食の終焉」 P192
6.速水健朗「フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人」Kindle 1314