まずは従業員。次に顧客、その次にコミュニティ。そして供給者、最後に投資家。をモットーにするハンバーガー屋さん。

マクドナルドを筆頭に、スピーディーに効率良く商品を提供するファストフード店がアメリカや日本で大いに受け入れられている背景には、女性の社会進出により家事に時間を割くことができなくなった母親が増えたことや、マクドナルドに子供を連れて行く親はいい親だといった社会的に植え付けられた価値観などがあり、1990年代に行われた調査では、毎日アメリカの子供たちの3分の1がファストフードを食べていることが指摘されました

社会の仕組みからファッションまで、さまざまなものをアメリカから取り入れてきた日本は、食文化も当然のごとくアメリカから取り入れ「マクドナルドのハンバーガーとポテトを1000年間食べ続ければ、日本人も背が伸び、色が白くなって、髪もブロンドになるだろう。」と藤田氏が述べ、マクドナルドを日本に進出させ、以降勢力を伸ばし続けたファストフード店は経済発展に夢中になり、寝る間も料理する間も惜しんで働く日本人に広く受け入れられていきました。(1)

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↑マクドナルドを1000年食べ続ければ、日本人もブロンドになるだろう (Juanedc.com)

その後、さらにIT革命とグローバリゼーションが世の中のスピードを速くし、ファストフードを食べて料理の時間を節約しているにも関わらず「忙しい、時間がない」と口にする人が街にあふれ、企業はその需要に対応するために、フランチャイズ化やマニュアル化をどんどん進めていきました。しかし、リーマン・ショックによって経済の魔法が解け、イタリアからスタートした食の大切さを見直す「スローフード運動」の影響もあって、人々の食に対する意識は少しずつ変化してきています。

そんな中、アメリカの食文化の象徴でもあるファストフードにも“ハイクオリティー”が求められるようになり、2015年に日本1号店をオープンさせたハンバーガーショップ「Shake Shack(シェイク シャック)」は、まさにその代表格です。2000年にニューヨークにあるマディソン・スクエア・パークで、治安維持を目的として開かれたローカルアートイベントをサポートするために屋台を出店したことがきっかけで誕生し、若者を中心にソーシャルメディアからのクチコミでどんどん広がっていき、現在では73店舗を展開しています。

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↑フランチャイズ化やマニュアル化に嫌気がさした若者達が広げていったShake Shack (Lucas Richarz)

Shake Shackの創設者でもあり、ニューヨークで最も予約が取れないレストラン「ユニオン・スクエア・カフェ」の創設者でもあるダニー・マイヤー氏は、カジュアルでありつつ、質の良いものを提供する“ファイン・カジュアル”を意識して、ホルモン剤を一切使用せず健康的に育てられた牛肉だけを使ったハンバーガーや、肥満・糖尿病の原因になるとされるハイフルクトース・コーンシロップを使用せず、健康を考慮したデザートなど、上質な商品だけを提供することを心がけています。

Shake ShackのCEO、ランディ・ガルッティ氏は次のように述べています。

「たぶん、お客さんは僕たちの徹底したこだわりように感謝するんじゃないかな。僕たちが考えていることは常に一つだけ。どうやったら質の高い食体験をファストフードに持っていけるかってこと。」

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↑どうやったら質の高い食体験をファストフードに適合できるか(Lucas Richarz)

特に18~34歳の若い世代の消費者は、自分の目の前にある食べ物がどこで生産され、どのように加工されているかを気にする傾向にあります。内閣府による「我が国と外国の若者の意識に関する調査」によると、社会をより良くするために社会問題に関与したいと回答したアメリカの若者は64.3%で、先進国の中でも高い割合となっており、このような意識の高い若者は常に自分の行動が社会に影響していると感じていることから、外食の際は、Shake Shackのような上質な食を提供するレストランを選んでいるのかもしれません。

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↑若い世代は自分の行動が社会に影響を及ぼすことを強く意識する(Conway L.)

またShake Shackでは、食のクオリティーと同じように顧客に対するホスピタリティを大切にしていますが、良いホスピタリティを提供するには良い人を採用し、顧客よりも従業員をまず大切にするという哲学を持っており、まずは従業員。次に顧客、その次にコミュニティ。そして供給者、最後に投資家。という考えを明確にしています。

当然、マクドナルドは人件費をできるだけ低く抑えるために、少人数で効率良く作業をするための75ページにも及ぶマニュアルを用意していますが、Shake Shackは従業員が自由に接客し、むしろビジネスとして成り立たなくなるくらい、顧客に尽くさなければダメだとして、CEOのランディ・ガルッティ氏は次のように述べています。

「例えば、もしそこに泣いている子供がいたとすれば、その子に無料でデザートをあげてなぐさめるのは誰なのか。従業員は、わたしたちを廃業に追い込むくらいの旺盛なサービス精神を持ち、消費者の幸せのためならなんでも実行するべきだ。」

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↑ビジネスとして成り立たなくなるくらいまで顧客に尽くす (Eric Chan)

スピードにフォーカスをあてた飲食店は数多く存在し、マクドナルドでは注文してから1分で商品が出てこなければ無料券がもらえるキャンペーンや、スターバックスでは待ち時間をできるだけ短くしようと、来店前に注文できるスマートフォンアプリの開発など、通常3~5分という短時間で商品を提供する飲食店ですら、より一層速さを追求しながらサービスを提供しています。

しかし、Shake Shackには長く待たなければならないことを知りながらやって来る人も多く、彼らは待っているその時間もShake Shackの一部として楽しむものだと述べており、現代の消費者が求めるものは、ただ単純に“食”だけではないことが分かります。

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↑並んで待つのも、Shake Shackの楽しみの一つ (Drew XXX)

現在、大統領選挙の真っ只中であるヒラリー・クリントンは「食事ぐらいは急がず、ゆっくりとるように心がけたいが、出張中の時などはそれが困難だ。」と述べています。彼女と同じように食事に気を使いたいと思いながら、日々の忙しいスケジュールに追われて、食事のクオリティーが疎かになってしまっている人は、まだまだ世の中にたくさんいます。

Shake Shackは従来のファストフード・チェーンに対抗する店の代表格だという印象があります。しかし実際にそれは100%正しいわけではなく、高いクオリティーのホスピタリティと食べ物をできるだけストレスなく届けたいという思いもしっかり持っており、従来のファストフード店の創業期に学ぶことは多くある、としています。

マクドナルドの人気が少しずつ落ち始め、Shake Shackのような新しい形のハンバーガーが人気を集めている背景には、様々な時代の変化や人々の心の変動などが影響しているのだと思います。Shake Shackが日本にもオープンして、このような変化が日本でも現れてきているのは非常に興味深いです。

 

※参考文献

1.エリック・シュローサー 「ファストフードが世界を食いつくす」 (草思社文庫、2013年) P393

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真面目系会社員を経てライターへ転身。社会と日本海の荒波に揉まれながら日々平穏を探している。好きなものは赤ワイン。止められないものは日本酒。夢はいつか赤ちょうちんの灯る店で吉田類と盃を交わすこと。