テンペストを開発した米豆麦造り株式会社 代表取締役 入海 健(にゅうかい けん)さん
明治大学農学部農芸化学科卒業。テキサス大学心理学修士課程修了。
30歳で起業し、その時に出会った大豆発酵食品をきっかけに「テンペスト」を開発した。
大泉工場は、新しく、米豆麦造りと相互連携をし、FUTURE FUN FOOD Teamで「テンペスト」を販売しいアクションとして、
植物性食品を研究・開発に取り組む企業が保有するビジネスシーズ(事業の種)を発展させてオーガニック市場を活性化させています。
今回のインタビューは、大泉工場との出会いやテンペストの開発ストーリーについて米豆麦造りの入海 健さんにお話を伺いました。全3回でお届けいたします。
大泉工場との出会いとは?
テンペストの事業を始める前、横浜の関内に事務所を構えていました。ある方の紹介で、コンブチャや新しい事業に積極的な大泉工場という会社を紹介してくださった。コンブチャの周年記念パーティーに参加し、大泉 寛太郎さんと出会ったのがはじまりです。
その場では、大泉寛太郎さんと出会った時は、具体的な話になりませんでしたが、後日、共通知人を通じて再会。
そこで、本格的に一緒にテンペストを広めることになりました。
過去に様々、失敗を経験しました。そのため出資という考え方に良いイメージはありませんでした。
しかし、大泉工場の雰囲気や大泉寛太郎さんとの年齢が近いことから意気投合し、事業パートナーとして一緒に取り組んでいきたいと思うようになりました。
以前、入海さんは飲食店の展開もしていましたよね?
以前、テンペストバーとして、発酵CAFEの飲食店経営にチャレンジしました。事業計画がないまま発進してしまい、失敗ですね。
社員を雇っても資金計画が回らず人件費が払えない状況でした。その経験から自ら飲食店経営をすることはやめようと思ったのはその頃です。
その当時は、現体重から10kgも瘦せるほど(約60kg→50kgを切る)、寝る間を惜しみ、身を削りながら事業に励んだのですが駄目でした。
お店を失敗してから、テンペスト事業も軌道に乗らず、散々な時期でしたね。
フードテックベンチャー「食×テクノロジー」の発想は?
フードテックは幅広いのですが、例えば冷凍技術の活用、アプリケーションの作成、IoT技術と連携した調理手順の打ち出し、発酵における技術革新もフードテックと言えます。
アメリカでは15年前からフードテック関連の盛り上がりがありました。
日本でも昨今、その盛り上がりを見せていますが、その中で日本版のスーパーフードを作って、発信していくことが自社のすべきフードテックだと考えるようになりました。
そもそもスーパーフードとは、明確な基準はありません。
「ある特定成分の含有量がとび抜けて高いもの」「サプリと食品の間の性質を持ったもの」がスーパーフードとされているのですが、その基準を踏まえると、テンペストも立派なスーパーフードになるだろうと思っています。
東洋版のスーパーフードを作りたい!つまりテンペスト=日本版スーパーフード
スーパーフードの仕掛け役といえば、アメリカやヨーロッパですが、日本の食生活や食文化を見直すとスーパーフードと呼べるものが多いです。
しかし、昨今出回っているスーパーフードといえば、多くがアメリカやヨーロッパ由来のもの。
「東洋版のスーパーフードを作りたい」そんな想いから、テンペスト=日本版スーパーフードの立ち位置として、科学的根拠を付けて製品開発をしようと考えました。
前明治大学の加藤 英八郎講師との出会いは?
学生時代は、明治大学農芸化学科時代の微生物遺伝学(遺伝子組み換えなど)に関する研究室に所属していました。
発酵食品に関する基礎知識は講義内で習得していましたが、専門ではありません。当時、発酵食品学を教えていたのが加藤講師でした。
当時、「イネに蛍の遺伝子を組み込み、イネが光る」「大腸菌にクラゲのタンパク質(GFP)を組み込むと、大腸菌が光る」このような、生物×遺伝子の分野の研究をしていました。そんな研究がしたく、明治大学に入学したのですが、発酵食品は地味で、ローテクな分野だと思っていました。
祖父、父が自ら事業をやっていたので、自分でも将来は事業をやりたいという思いが潜在的にありました。
海外留学後、何かやりたいと思いましたが、自らの力で「0(ゼロ)」から作り出すのは大変。
既存にある何かをベースに事業をやりたいと思い、ネタ探しをしていた時に、明治大学で発酵食品を研究していた加藤 英八郎講師による学会発表を聞いて「これだ!」と思いました。
内容は現テンペストの土台となる、ハイビスカスの葉に棲む微生物を大豆に付着させた発酵食品「テンペ」に関する特許技術を事業化する産学連携(TLO)の話でした。
そこに起業チャンスを感じ、加藤講師にコンタクトを取ったのが経緯です。
前明治大学の加藤講師の反応は、「ぜひ一緒にやろう、応援する」と前向きな返事をもらい、起業へと繋がったのです。
テンペストを製造するまでに入海さんは大きな局面で失敗や挫折を経験しました。
何事もそうですが、何か志しているものに真剣に向き合うことで必ず転機があるものです。
次回のインタビューは、明治大学の加藤講師と出会い、テンペストのパイオニアを目指すストーリーをお送りします。