もうすぐ春ですね。大泉工場のXING2です。
僕が育った千葉県船橋市は、いまでは65万人近い人が住む大都会。IKEAやららぽーとも、船橋から始まりました。ふなっしーのおかげで知名度も全国区になりましたが、これからお話しするのはいまから数十年も前の、船橋の野山のおはなしです。
僕が生まれ育った家は、キリン草が生い茂る大草原の小さな一軒家でした。一番近い家までは100メートルくらい離れています。低地には開拓団がひらいた水田が広がり、夏の夜はカエルの大合唱のなか眠りについたものです。
近所の山には野生の大麻が自生し、庭にはコジュケイやドバトが鳴き、家の前ではノウサギをキツネが追いかける野生の王国です。幼い僕は祖母に手を引かれて、毎日のように散歩や買い物に行っていました。
ある春の日、近くの小学校まで父母と祖母が選挙の投票に行くので僕も連れていかれました。学校は台地の上に建っており、校舎の裏は崖のように切り立った急斜面になっています。斜面には松や杉やその他の灌木が自生していました。その木々を眺めていた祖母が突然、歓声を上げながら崖に向かって歩き出したのです。
それまでも、ワラビやフキノトウ、セリなどを山や田んぼに採りに行っており、子供心に、大人はどうして、苦くてまずい、犬のおしっこがかかっているような草を、わざわざ食べるのだろう?と理解できずにいましたが、それらはたいてい平地で採れるものです。
ところがいま祖母が向かっているのは、崖のような斜面の木々です。おばあちゃん危ない!
ところが一緒にいた母もやはり崖に近づいていきます。おかあさん危ない!
と、それまで校舎の裏でタバコを吸っていた父(ヤンキーではありません)も崖のほうに向かっていきます。おとうさん危ない!
とうとう三人は斜面の中腹まで歩いてゆき、そしてトゲの生えた木に登らんばかりにつかまって歓声を上げています。
崖の上の少年XING2は飼い犬のペロと、どうかしちゃった大人を見ながら、呆然と立ちすくむしかありませんでした。
やがて満面の笑みを浮かべながら、楽しそうに崖を登ってきた大人たちの手には、山ほど緑色の木の芽がありました。
それは生まれて初めて見る「タラの芽」でした。
その日の夕ご飯の食卓には、タラの芽の天ぷらが山ほど並びました。それをひと口食べてびっくり。甘くてほろ苦くて、さわやかな緑の香りがする、ざっくりした歯ごたえの、今まで食べたことがない風味が口に広がり、おさなごころに、これ絶対うまいやつ、と思いました。
今でも趣味の山歩きの際に、タラの芽を探しますが、なかなか見つかりません。勝手に採って食べてはいけないのでしょうが、もしかしたら祖母のように山菜を見つける名人に食べられているのかもしれませんね。
ちなみに最近は、栽培されたタラの芽が、スーパーの店頭にも並びます。タラの芽には男女の違いがあり、野生のタラの芽はトゲがある男、栽培されているのは柔らかい女のタラの芽ということです。LGBTQの世の中なので、こんな呼び方もされなくなるのかな?とふと思いました。