寿司に魚がいない日、ラーメンに動物性がない夜。

たぶん、世界でいちばん「寿司に魚がいない」と言われて驚くのは、寿司を知ってる人じゃなくて、寿司にあんまり興味がない人だと思う。

「えっ、寿司って魚じゃないの?」って、あっけらかんと、でもちょっと小馬鹿にしたようなトーンで返ってくる、あの感じ。

「寿司=魚」「ラーメン=こってりスープ」

私たちは知らないうちに、いろんな“セット”を無意識で受け取って生きていて、それをわざわざ解体して考えることって、ほとんどない。

けれど先日、その“セット”がごっそり外されるような夜に出会ってしまった。

東京・自由が丘にあるT’s レストランで開かれた、ヴィーガン寿司職人・谷水晃さんとのコラボレーションイベント。ラーメンと寿司のコース、なのに魚も肉も卵も一切なし。植物性オンリー。説明だけ聞いたら「修行…?」って思うかもしれない。でもそれが、ただの修行じゃなかったんです。


野菜って、なんでこう、控えめでしおらしいイメージがあるんだろう。

かつての日本では、野菜は「ケ=日常」で、魚は「ハレ=特別な日」だったらしい。言われてみれば納得で、夕飯にカレーライスが出る日はちょっとテンションが上がっても、きんぴらごぼうが出てきてもテンションは平常運転。野菜って、そういう存在だった。

でも、この日出てきた寿司たちは、その“日常感”を、しっかりと裏切ってきた。

シャリの上にちょこんと乗るのは、カブや紫大根、茄子。

見た目は確かにカラフルで愛らしい。でも口に入れた瞬間、「これが本気なんだ」と気づかされる。たとえば「名水神トロカブ」。低温でゆっくりと出汁を染み込ませたカブが、まるで熟成されたトロのように、舌の上でするりと溶けていく。

「魚に似せようとしてるんじゃなくて、野菜が“主役”として立ってる」。

それがわかると、もう一貫ごとにその野菜の人生を思ってしまう。どこで育って、どのくらい陽に当たって、どの瞬間に収穫されたのか──。完全に寿司職人の術中である。


そして、寿司の余韻にゆらゆら浸っていると、T’sレストランのラーメンが登場した。

一口食べて、心の中で小さく「あ、すみませんでした」と謝ってしまった。

ヴィーガンラーメンって、どうせ物足りないんでしょ?って思っていた自分に対して。

T’sレストランの名物・ごまラーメンをベースにした特別仕様は、濃厚なのに重くない、クリーミーなのにしつこくない、まさに「ちょうどいい」を最適化したようなバランス。

「植物性オンリーなのに、どうしてここまで…」と驚きながら完食してしまったあと、よく考えたら「動物性がないことが“ハンデ”だと思っていた自分」に気づいて、ちょっと恥ずかしくなる。


魚のいない寿司、肉も卵も乳製品も使っていないラーメン。

それなのに、ちゃんと“ハレの日”だった。ちゃんと「おいしい」の記憶が残ってる。

これはもしかしたら、「ケとハレ」の概念そのものが、今変わりはじめているってことかもしれない。

昔は「ハレ=魚」だったけど、今は、体と向き合うことや、環境へのやさしさが“ハレ”になる時代。意識して選ぶ野菜、意味がある選択。その一皿の向こうにあるストーリーが、私たちにとっての“特別”になっていく。

T’sレストランも、谷水晃さんも、そういう“次のハレ”を作っている人たちだと思う。


帰り道、駅構内を歩きながら、「たぶん魚も肉も食べる自分がこのイベントに来た意味ってなんだったんだろう」って考えてみた。

でもすぐに思った。「ああ、だからこそ良かったんだ」って。

魚も肉も知ってるから、カブの“本気”に感動できたし、動物性を使わずに出せる“旨み”の凄さに震えられた。

いままでの「おいしい」と、これからの「おいしい」が、ちゃんと混ざり合って自分の中に入ってきた。

もちろんコンブチャを添えて。

ABOUTこの記事をかいた人

Hajime Kadota

_SHIP KOMBUCHAブリュワー。 ファッションの専門学校を卒業後、日本特有の本藍染技術に魅了され京都の工房で藍染職人として着物や有名アパレルブランドの藍染を行う。 お客様へ自身が発酵に携わった製品を届けたい想いが強くなり、お茶を発酵させたスパークリング飲料「コンブチャ」と出会い、大泉工場へ入社。 自身がアルコールが得意ではなく、アルコールを飲む人も飲まない人も楽しめるような飲料を作りたいと想い2020年から_SHIP KOMBUCHAのブリュワーへ。 大切にしているのは「誰も取り残さない世界」。 アルコールもノンアルコールも同じ世界で楽しめる世界をつくりたい。