こんにちは。_SHIP KOMBUCHA TEAMのMANABUです。
以前から少し気になっていたのですが、「貴様」という言葉を文字で見ると丁寧な文字で構成されているのですが、使われる状況や意味合いは正反対だな〜と…
皆さんは、「貴様」と聞いて、どんな印象を持ちますかね?
おそらく多くの方は、怒っている相手に向かって使う、少し乱暴な言葉を思い浮かべるのではないかと思います。(自分もそうですが…)
ところが、この言葉はもともと「貴いお方」という意味を持つ敬意のある呼び方だったそうです。時代が下るにつれて、親しい間柄で使われるようになり、さらに使われる場面が限定され、いつしか侮蔑的な響きを持つ言葉へと変化していったと考えられているそうです。
同じような例は少なくないようで、「お前(御前)」も本来は相手を敬って呼ぶ言葉だったそうですし、「姑息」は「一時しのぎ」という意味なのに、今では「ずるい」という意味で使われることが圧倒的に多いですよね?
言葉は辞書に載っている意味だけで生きているのではなく、人々がどう使うかによって、段々と元あった姿から変わっていく、まさに「言葉は生き物」と言えるんじゃないでしょうか?
ただ、この変化は面白く、興味深いと思うのですが、一方では、少し厄介なものにもなりそうです。
例えば(恐らくそんな方は居ないと思いますが)、会議で「その案は姑息ですね」と言われたら、言った本人は本来の意味合いである「応急処置的ですね」という意味だったとしても、受け取った側は「ずるい案と言われた」と間違いなく感じるでしょうし、受け取るでしょう。
SNSではさらに顕著だと思います。同じ言葉を使っていても、世代やコミュニティが違うだけで意味やニュアンスにズレが生じてしまうことも多々あると思います。発する方は「そんなつもりじゃなかった」と思い、受け取る方は「そういう意味にしか聞こえない」と思う。そのすれ違いは、私たちが想像している以上に日常のあちこちで起きているんでしょう。
言葉は時代とともに変わる。それ自体は自然なことだし、止めることもできない、ごく自然な流れなんでしょう。
しかし、だからこそ私たちは「言葉の正しい意味」だけでなく、「相手にどう伝わるか」を意識する必要があり、さらに辞書的には正しい意味合いで様々な言葉を使用したとしても、意図や想いが伝わらなければ意味がなく、逆に本来の意味とは違っていても、多くの人がそう受け取るなら、その言葉はすでに新しい意味を獲得しているとも言えるんでしょう。
皆さんもきっと、「そんな意味だったの?」と驚いた経験があると思います。言葉の変化は、単なる国語の話ではなく、私たちが誰かと理解し合えるのか、それともすれ違うのか。その境界線は、案外こうした小さな言葉の変化の上にあるのかもしれない。
なんて、柄でもないところに行き着いてしまった、今日この頃でした。


