人生で初となる、「東欧の小パリ」と呼ばれる首都・ブカレストを擁するルーマニアを訪れた。正直、行くまではほとんど知識がなかった。
しかも、僕が今回滞在したのは、クライオヴァという都市。
ルーマニア国内では5〜6番目くらいの規模らしいのだが、僕らの地元である川口市よりも、ひと回り以上コンパクトな都市だ。
ただ、この街がとても良かった。
巨大な公園があり、クラシカルな建築物が街中に点在している。
さらに、世界中から演劇人が集まる「クライオヴァ国際シェイクスピアフェスティバル」が開催されており、小規模ながらも文化的熱量を感じる。
僕が訪れた5月のクライオヴァは、空気がとても気持ちよかった。
日中は太陽が燦々と降り注ぎ、朝晩は少し冷え込む。
カリフォルニアを思わせるような、乾いた爽やかな空気。
共産主義国家だった時代の名残は、思っていたほど強くなく、人々もとてもフレンドリーだった。
一方で、食文化はまだまだこれからという印象も受けた。
特にVeganという概念は、まだそこまで浸透していない。
レストランで「Vegan」と伝えても、なかなか意図が伝わらないことも多かった。
でも、やはり僕は、どこの国に行っても食を見てしまう。
何を食べているのか。
どんな空間で食べているのか。
誰と食べているのか。
その土地の空気は、食事の風景に色濃く現れる。
特にヨーロッパ特有の、軒先にパラソルを立て、その下にテーブルや椅子を並べ、人々がゆっくり談笑しながら食事を楽しんでいる光景が、僕は好きだ。
お酒を飲みながら、ただ時間を過ごしている。
急いでいない。
効率的でもない。
でも、すごく豊かだ。
ただ、その豊かさは、誰かと共有することでより際立つ。
今回の旅は、一人の時間が多かった。
それはそれで悪くないのだが、やはり誰かと食事をしながら、「この店いいね」と言い合う時間には勝てない。
食の特色を見出すことができないと、食そのものへの熱量も下がっていく。
そんな中、とある日、ホテルへ戻る道中で、一軒のレストランがふと目に入った。
正直、入りづらかった。
表通りから少し奥まった場所にあり、大きな看板もない。
知らなければ、そのまま素通りしてしまうような店構え。
実際、一度通り過ぎた。
でも、なんとなく気になった。
自分の中の直感みたいなものが働き、勇気を出して戻り、入店。
すると、入り口を抜けた先には、想像していた以上に素敵な空間が広がっていた。
ちょうど良い感覚で家具が並べられたパテオ空間。
その奥には、センスの良い建物と、外と繋がるように存在するバーカウンター。
広々とした客席。
店内に置かれている家具も、どれも素敵だ。
「あ、この店、好きだな」
そう感じる空気があった。
さらに嬉しかったのが、スタッフの対応だった。
一見のアジア人観光客である僕に対して、とても自然に接してくれる。
過剰ではない。
でも、ちゃんと歓迎されている感覚がある。
飲食店において、このちょうど良い距離感は、とても重要だと思う。
メニューを開くと、しっかりと考えられたVeganメニューも用意されていた。
迷わずVEGAN BOWLをオーダーした。
ルーマニアに来て、初めて「また食べたい」と思えるVegan料理だった。
運ばれてきたBOWLは、色合いも美しい。
添えられたタヒニソースは、濃厚なのに重すぎず、絶妙な塩加減で食材を引き立てている。
さらに印象的だったのが、赤玉ねぎのピクルス。
少し濃いめの味付けなのだが、それがアボカドやひよこ豆、ビーツやトマトといった新鮮な野菜たちの旨味をしっかり支えている。
ちゃんと全体設計されている味だった。
「ああ、久々に満足するランチを食べたな」
そんな気持ちになった。
でも、今振り返ると、僕が感動したのは、料理単体ではない。
あの入りづらさも含めて、体験だったのだと思う。
少し勇気を出して入店し、その先に、自分好みの空間と料理が待っていた。
この感覚は、記憶に残る。
むしろ、飲食街のど真ん中にある超人気店よりも、こういう店の方が、深く刻まれることがある。
「自分で見つけた」
その感覚には、特別な価値がある。
もちろん、ミシュラン星付きレストランも素晴らしい。
安心感のあるチェーン店にも価値がある。
でも、それとは別軸で、“偶発的な出会い”によって記憶に残る店というものが存在する。
そして僕の頭の中には、世界各地で出会った、そういう店のリストが存在している。
それは、お金では買えない財産だ。
最近は、TikTokやInstagram、Googleレビュー、食べログなどによって、事前に店を選ぶことが当たり前になった。
もちろん、それ自体は悪いことではないし、自分もする。
飲食店のレベルも上がるし、ハズレを引く確率も減る。
ユーザーにとっても合理的だ。
ただその一方で、発見する喜びは減っている気がする。
本来、街を歩きながら、
「なんだこの店」
「ちょっと気になる」
「でも入りづらい」
そうやって、自分の感覚で選ぶ時間には、豊かさがあった。
情報の正解ではなく、自分の感性で選ぶ。
その行為自体が、体験だったのだと思う。
だからこそ、再訪したくなる店には、共通点がある。
料理が美味しいことは前提。
でも、それだけではない。
空気感。
スタッフとの距離感。
偶発性。
発見体験。
その時の感情。
それらが複雑に絡み合い、「また行きたい」という記憶になる。
これは、世界共通なのかもしれない。
僕らも日々、お店を運営している。
もちろんSNS評価も意識する。
Googleレビューも気になる。
時代的にも、それは必要なことだと思う。
でも、本当に長く愛される店というのは、点数だけではない。
「あの時、あの店で過ごした時間が良かった」
そう記憶されること。
それこそが、再訪したくなる理由なのだと思う。
そして僕らもまた、そんな“記憶に残る体験”を、これからもつくっていきたいと思う。
そういう体験は、マニュアルだけではつくれない。
空間や料理の先にある“感情”まで想像できる人がいて、初めて生まれる。
お客様にそう言った“体験”を提供したいと本気で考える仲間を、僕らは常に求めている。






