いじらないのが一番いい。
でも、いじらないと、見えないものがある。
ずっと思っていること、それは、オリジナルに勝るものは、そう簡単には生まれない。
様々なジャンルにおいて言えることなのだが、特段お菓子の世界では顕著だと感じている。
僕は、お菓子が好きだ。
毎日食べるわけじゃない。でも、疲れたときや、頭を切り替えたいとき、コンビニでついつい手に取ってしまう。
いろいろ試してきた。
特にお気に入りの、確固たる地位を築いている商品に関しては、その関連(派生)商品も、限定フレーバーも、ちゃんと試す。
その上で、たどり着いた結論はシンプルだ。
オリジナルが、一番うまい。
たべっ子どうぶつは、バター味一択。
ハッピーターンも、結局あの味に戻る。
好きだから試す。
でも、戻る。
この戻るという現象には、ちゃんと理由がある。
完成されているからだ。
味のバランス、食感、記憶との結びつき。
すべてが、最適化されている。
考えてみれば当然のこと。だから定番と成ったわけだ。
だから、ちょっと何かを足しただけで、崩れる。
僕が何度も裏切られてきたのが、ルマンドだ。
チョコレートコーティングされたサクサクのお菓子で、何が一番好きかと言われたら僕は迷わず、このルマンドを選ぶ。
そして、このお菓子を使った派生商品は、だいたい期待を超えてこない。
なぜか。
ルマンドは、完全に完成されている。だからこそ、要素を足した瞬間に、全部が弱くなる。
最近ファミリーマート限定で販売された「ルマンドクレープ苺」なる商品。明らかに美味しそうな、プロダクトとしての存在感。苺も、クレープも、クリームも、ルマンドも。それぞれが強い。しかし強いからこそ、合わせた瞬間に、どれも主役じゃなくなる。
これは、お菓子の話に見えて、実はほぼすべてのプロダクトに当てはまる。
じゃあ、なぜメーカーは、完成されたオリジナルをいじるのか。
理由は、2つしかない。
消費者に向いているか。
開発者に向いているか。
いわゆるマーケットイン。
「こういうものを、お客様が求めているだろう。だから売れるだろう」という仮説からつくる。
これは企業として正しい。
特に規模が大きくなればなるほど、外したときのリスクは大きい。
だから、“外さない設計”になる。
でも、この“外さない設計”には、致命的な欠陥がある。
平均に寄る。
平均に寄った商品は、一見多くの人に受け入れられそうでいて、実際には、誰の記憶にも残らない。
誰にも嫌われない。
そして、誰にも愛されない。
これが、マーケットインの限界だ。
この思想に基づいて、オリジナルのさらなる進化を目指して、メーカーはプロダクトをいじる。
もう一つは、開発者側の理由。
同じものを作り続けると、人は鈍る。
プロダクトも、人も、挑戦しなければ確実に劣化する。
だから、いじる。
新しいことを試す。
リスクを取る。
これは、ものづくりにおいて絶対に必要な行為だ。
いじる理由は、この二つだとして、いじられた商品がオリジナルを超えられない理由。
それは、この2つが“中途半端に混ざる”ことにより発生してしまう。
マーケットに寄りすぎて、尖れない。
でも、チャレンジにも振り切れない。
その結果、「なんとなく良さそう」な商品が生まれる。
でも、それは一番危険だ。
なぜなら、記憶に残らないから。
ここで、はっきりさせた方がいい。
いじる、という行為には3種類ある。
改良。
派生。
そして、破壊。
多くの商品は、改良か、弱い派生で終わる。
でも、本当に新しい価値が生まれるのは、
ほぼ例外なく“破壊”の領域だ。
つまり、失敗と紙一重の場所。
だから、誰もやらない。
だから、オリジナルを超えられない。
ここで、少し自分たちの話をする。
今、僕らはKOMBUCHAをベースにした新しい飲料を開発しようとしている。
これは、既存のKOMBUCHAを「ちょっと飲みやすくする」とか、「フレーバーを増やす」といった話ではない。
むしろ逆で、ある意味KOMBUCHAという文脈を一度壊そうとしている。
なぜなら、そのままでは広がらないからだ。
KOMBUCHAは素晴らしい。
でも、日本においては残念ながら、まだまだわかる人だけのものになってしまっている。
もちろん_SHIP KOMBUCHAはまだまだ可能性がある。だから磨き続ける。
一方で、新しくやれる芽も出てきた。だから一度、壊す。
発酵の価値は残しながら、炭酸飲料という全く別の文脈に置き直す。
これは、正直リスクが高い。
中途半端にやれば、ただの“よくわからない飲み物”になる。
でも、振り切れば、新しいカテゴリーになる可能性がある。
僕らがやろうとしているのは、後者だ。
いじらない方がいい。
これは事実だ。
でも、いじらなければ、確実に腐る。
これも事実だ。
だから結論はシンプルになる。
いじるな。
でも、いじるなら、壊すくらいの覚悟でやる。
中途半端にやるくらいなら、やらない方がいい。
どうせやるなら、原型がなくなるくらいまでやる。
そして、ちゃんと失敗する。
失敗しても、必ずどこかに種は残る。
その種が、次のオリジナルになる。
僕の仕事は、その種を絶やさないことだ。
挑戦する人が、何度でも挑戦できるように。
失敗が、次につながるように。
そのための環境をつくり続ける。
それだけは、絶対にやめない。






