林業をテーマにした映画を観た。
「WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜 」という作品だ。
都会で暮らす普通の青年が、カタログの表紙を飾る美女に憧れ、林業の世界に飛び込む。最初は田舎をバカにし、林業にも真剣に向き合わず、当然のように周囲からも見放されていく。憧れていた女性にも愛想を尽かされる。
けれど最終的には、林業の偉大さに魅了され、その世界にどっぷりと浸かっていく。
ストーリーとしては、正直ありがちな展開だと思う。
僕は定期的に映画を観る。
目的は二つ。一つはビジネスに直結するドキュメンタリー。もう一つは娯楽としての映画鑑賞だ。
今回観た映画は後者のつもりだった。
頭を使わず、軽く楽しむための一本。
けれど気づけば、自分の生き方と強く繋がっていた。
この映画の中で、特に印象に残ったシーンがある。
終盤、樹齢100年を超える木が伐採され、市場に出される。
そして、その木に値段がつき、取引されていく。
青年の勤め先の木は、他の業者のものよりも明らかに品質が高く、その分、高値で取引されていた。
理由はシンプルだ。日々の手入れ。枝打ち。
職人たちが時間をかけて木と向き合ってきた結果だった。
それを目の当たりにした青年は興奮する。
そしてこう言う。
「もっと切って、どんどん売りましょう」
ビジネスとしては正しい判断だと思う。
けれど、先輩の職人たちは首を縦に振らない。
理由は、その木が育ってきた時間だ。
樹齢100年。
それは、自分たちが“植えた木”ではない。
先先代が“植えた木”だ。
自分が生きていない未来を前提に、誰かが植えたもの。
それを、先代が守り、手入れをし、そして今の世代が引き継いでいる。
ようやく伐採のタイミングを迎え、市場に出る。
この構造の中では、「売れるから切る」という発想は成立しない。
その一本の木の裏側には、100年という時間があるからだ。
このシーンを観たとき、ふと思った。
自分は、どれだけの時間軸で物事を考えているのだろうか、と。
ビジネスは、どうしても“今”に引っ張られる。
今月の売上、今期の利益、次の成長。
もちろん、それは必要だ。
むしろ、それがなければ続かない。
ただ同時に、僕らは気づかないうちに、「すぐ回収できるもの」しか選ばなくなっているのかもしれない。
林業の世界は違う。
100年かかる。
そして、そのほとんどの時間に、自分はいない。
それでも木を植える。
それでも手入れをする。
それでも未来に渡す。
それはつまり、<回収できない投資をする>という行為だ。
実は僕も、大泉工場に入社した当時は、この青年と同じだった。
アメリカで出会った食品を輸入し、できるだけ早く当てて、インパクトを出したい。
そんなことを本気で考えていた。
ブームを作ること。
流行の中心にいること。
正直に言えば、そこに価値を感じていた。
ただ、その先は見ていなかった。
自分がいなくなった未来のために働く、という発想は、当時の僕にはなかった。
けれど、仲間や環境に恵まれ、その事業がある程度軌道に乗ったタイミングで、
ようやく視点が変わった。
そして大きく軌道修正したことで、今の僕らがある。
今、僕らが取り組んでいるPlant-Basedやオーガニック、発酵という領域。
これは、まだ市場としては小さい。
短期的な合理性だけで見れば、他にも選択肢はある。
それでもやる。
それは、未来に繋がるアクションだからだ。
自分がいない世界を前提に、今を選ぶということ。
今の世の中は、すぐ回収できるものに偏りすぎている。
流行に人が集まり、急速に拡大し、気づけば思想が抜け落ち、形だけが残る。
そして、静かに消えていく。
もちろん、すべてを否定するつもりはない。
僕らには選ぶ自由がある。
ただ、その選択の中に、“未来”という軸がどれだけ入っているのか。
それだけは、問い続けたいと思う。
地球環境の問題も、同じだ。
短期では何も変わらない。
けれど、何もやらなければ、確実に悪化する。
だからこそ、今やる。
緑を楽しむ<GREENLIT>という行為も、その延長線上にある。
映画の中で青年は、たった1年で大きく変わった。
僕らには、もう少し時間がある。
けれど、その時間も無限ではない。
山の中で行われている営みと、僕らの日常は、本来つながっている。
自分の頭で考え、未来に渡るものを選ぶ。
少なくとも僕は、その時間軸で意思決定を続けていきたいと思う。
2026年4月25日、大泉工場のスタッフたちと、101本のライムの苗を植えた。僕らはそれをLimelight projectと名付けた。3年もののライムの苗木は、腰ほどの高さしかない。実をつけるのは早くて5年先だ。でも僕らのこのProjectは、100年先も脚光を浴びるものにしていくつもりだ。

大泉工場では、こういう時間軸で意思決定できる仲間を探している。
すぐ回収できる仕事だけをやっているわけではない。
むしろ最初は「回収できない投資」に見える挑戦も多い。ただし放置はしない。きちんと設計して、数年、遅くとも5年以内には回収できる前提でやっている。
だから問われるのは、今の数字だけじゃなく、その先まで見て動けるかどうか。自分の仕事が未来にどう効くのかを考え続けられるかどうか。
短期もやるし、長期もやる。その両方を持ちたい人には、きっと合う。
少しでも引っかかったら、一度見に来てほしい。未来に何を残すか。その問いを、現実にしていく仲間を待っている。






