AIは愛を育めるのか。

AIが台頭する世の中において、改めて、人と人とのコミュニケーションについて考える機会が多くなってきた。

なぜかというと、どうも僕は、人が介在した事柄にしか惹かれない性格のようだ。

確かに調べものをしたり、言語化を手伝ってもらったり、人に伝えるための表現を整えたりする上でものすごく便利だし、僕自身も日々活用している。

だけど、それだけで作り上げられた表現で、人の心を本質的に動かすことができるのかと問われると、僕はまだ少し疑問が残る。

だからこそ、AIが進化すればするほど、人と人とのコミュニケーションには、これまで以上の価値が生まれるのではないかと感じている。

僕は結構な頻度で、社内のSNS活用において「人」を登場させようと伝えている。

これには、明確な二つの理由がある。

一つ目は、個人的な感覚かもしれないが、僕自身、人が写っている写真に惹かれる。

ニュースでもSNSでも、景色やプロダクトだけの写真より、人の動きや表情が見える写真の方を、ついクリックしてしまう。

もちろん個人差はあるだろう。

しかし、この感覚は僕だけではないらしい。

米ジョージア工科大学とYahoo LabsがInstagram110万枚以上の写真を分析したところ、人の顔が写った写真は、顔のない写真に比べて「いいね」が38%、コメントが32%多かったという。

人は情報ではなく、人に惹かれる。

そんな人間の本能が、数字としても表れているのだ。

二つ目は、プロダクト販売や飲食店を経営する上で、モノや場だけで人を惹きつけることは、容易ではないからだ。

どんなに磨き上げられたプロダクトも、どんなに美しくデザインされた空間も、それだけでは、お客様にその真意は伝わらない。

ロゴやパッケージ、色や形状など、工夫できることはいくらでもある。

しかし、それらがただ「そこにある」だけでは、その背景にある想いや、人の熱量までは伝わらない。

ことさらAIが作り上げたことが分かるような表現には、どこか白けてしまう自分もいる。

もちろん、それは僕自身の感覚であり、数年後にはAIが、人を感動させる表現を当たり前に作り出す時代が来るのかもしれない。

それでも僕は、どこか腹落ちしない。

なぜなのか。

その答えを考えていると、数か月前のインドでの出来事を思い出す。

一週間ほどの短い旅だったが、僕はそこで、ずっとカメラマンのような動きをしていた。

昔でいうところの、修学旅行についてきていた、あの謎のおじさんカメラマンである。

最初は照れ臭かった。

撮られる側も、撮る側である僕も、どこかぎこちない。

いい写真を撮ろうと思えば思うほど、シャッターを切るタイミングも難しい。

ところが、一日、二日と時間が経つにつれ、不思議な変化が起き始めた。

撮る側である僕と、撮られる側の仲間たちとの間に、食事を共にしているだけでは生まれなかった、新しい関係性が育ち始めたのである。

撮られ続けることで、人は徐々にカメラを意識しなくなる。

緊張がほぐれ、自然な笑顔になり、その人らしい表情が出てくる。

写真が上手い人とは、カメラの性能を知っている人ではなく、この「慣れ」を引き出せる人なのではないか。

その時間をどれだけ短くできるかが、カメラマンとしての実力なのかもしれない。

そして出来上がった写真は、当然のことながら最高の仕上がりになる。

なぜなら、その写真は、人を撮ったものではなく、人と人との関係性が写った一枚だからだ。

人と人だから、共創できる。

逆に、どんなに高価なカメラを使い、照明を整え、構図を計算したとしても、そこにコミュニケーションがなければ、心が動く一枚にはならない。

AIは、美しい画像を生成することはできる。

これから先、その精度はさらに高まっていくだろう。

だけど僕は、シャッターの向こう側で育まれるコミュニケーションまでは生成できないのではないかと思っている。

だからこそ、人が撮った写真には温度がある。

携帯一つで、いつでも、どこでも、誰でも写真が撮れる時代になった。

友達同士や家族で撮る写真は、きっとどれも素敵だ。

それは撮影技術が優れているからではない。

そこにはすでに、信頼や安心、笑顔といったコミュニケーションが育まれているからだ。

では、この感覚をビジネスにおけるSNSで表現するにはどうしたらいいのだろう。

僕は、撮られる側の気持ちを、撮る側が本気で理解することが大切なのだと思う。

自分が撮られる立場だったらどう感じるだろう。

嫌だったら断ればいい。

でも、嫌ではないとしたら、その理由は何なのだろう。

例えば、犬を連れたお客様は、かなりの確率で写真を撮らせてくださる。

それは、犬が可愛いからというだけではない。

家族のように大切な存在だから、その魅力を誰かにも見てもらいたいという気持ちがあるからだと思う。

そこにはすでに、人と人との素敵なコミュニケーションが生まれている。

だから写真も素敵になる。

写真を撮る側も、撮られる側も、お互いを信頼できる関係性を築くことができれば、自然といい作品が生まれる。

プロダクトも、店舗も、会社も、きっと同じだ。

素敵なコミュニケーションが育まれている場所には、自然と人が集まり、その空気感は写真にも映り込む。

写真とは、記録ではない。

人と人との間に生まれた、目には見えない関係性を残すものなのだと思う。

だから僕は、これからも人を撮り続けたい。

そして、その写真を通して、人の温度や、その場に流れる空気まで届けられるような発信を続けていきたい。

少なくとも僕は、人と人との間に生まれる愛や信頼を、AIが育むことはできないと信じている。

もし、この考え方に少しでも共感してくださる方がいたら、ぜひ一度、大泉工場のリクルートページをのぞいてみてほしい。

僕たちは、商品をつくる会社である前に、人と人との関係性を育みながら、素敵な環境を創造し続ける会社でありたいと思っている。

そんな仲間が、一人でも増えてくれたら嬉しい。

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