余白を埋めてしまう、余計な言葉

「お忙しいところ恐れ入りますが」。
僕はこの枕詞が、あまり好きではない。

社長という立場にある僕は、確かに時間に追われることは多々あるものの、ある意味自分で時間をコントロールできる立場でもある。
だから、声をかけられても対応できない時はできないし、できる時はできる。それだけの話だ。

でも人によっては「お忙しいところ恐れ入りますが」と言いながら、長々と話を始めたり、準備不足の相談をしてきたりする。
その言葉は、相手を気遣っているようでいて、実は自分の行動を正当化するための言葉になってしまっていることもある。

言うほど僕は忙しくはない。
やりたいことに全力で取り組んでいるので、忙しいと思うことはあまりないのだ。
だから、スタッフが仕事のことで声をかけてきてくれる時は、基本的に受け入れようと思っている。

ただ、その前に余計な言葉はいらない。
「今ちょっとよろしいですか?」
この一言で十分な気がする。

この世の中には、余計な一言が多すぎる気がする。
言葉をもう少し、大事に使ったほうがいい。

最近よく耳にするのは、質問を受けた際に「ありがとうございます」という一言。
これ、必要ですか?と思うことがある。

もちろん、感謝の気持ちを伝えることは大切だ。
でも、何に対する「ありがとうございます」なのか分からない場面も多い。
それよりも、その分早く回答をくれた方が、よほどありがたい。

すぐ謝ってしまうのも、僕はあまり良くないと思っている。
本当に自分が悪いと思うのであれば、謝罪は必要だろう。
でも、そうならないための準備や行動を、常に心がけることの方が、本来あるべき姿だと思う。

余計な言葉というのは、いっときの自分を守るためのエクスキューズになってしまうことが多い。
「お忙しいところ恐れ入りますが」
「すみません」
「ありがとうございます」
これらの言葉が悪いわけではない。

でも、それを言うことで自分の準備不足や、覚悟のなさを覆い隠してしまうのであれば、それは本質的なコミュニケーションではないと思う。

とは言っても、僕も社会人経験が浅いサラリーマン時代、クレーマーに遭遇したことがあった。
その際、僕の先輩社員は毅然とした態度で、そのクレーマーに対応していた。

その姿は、神々しく思えた反面、怖かった。
クレーマーが帰った後、その先輩にどうしてそんなに毅然とした態度を取れるのか尋ねた。

すると先輩は、こう言った。

こちらは全身全霊でサービスを提供している。
だから、これ以上のことはできない。
だから、堂々としていればいいんだ。

その言葉を聞いたとき、僕はとても納得した。
覚悟を持って仕事をしている人は、余計な言葉を必要としないのだと思った。

全力で準備をし、全力で仕事をし、やるべきことをやり切っている人は、言葉がシンプルになる。
逆に、どこかで自信がなかったり、準備不足だったり、責任を負いたくなかったりすると、人は言葉が増える。

余計な言葉が多い人は、余計な生き方をしているのかもしれない。
そして、覚悟を決めて生きている人ほど、言葉は少なく、シンプルで、強い。

僕は、言葉の少ない人が好きだ。
でもそれは、無口な人が好きという意味ではない。
余計なことを言わず、本質的なことだけを話す人が好きだという意味だ。

人間は一人では生きていけないように設計されている。
だから、人と人との間には、ある程度の余白や、柔らかさは必要だと思う。

でも、その余白を余計な言葉で埋めてしまうのではなく、行動や信頼や関係性で埋めていく方が、きっと心地よい世界になる。

スムーズでゆとりがあり、互いを尊重し合う関係。
余計な言葉がなくても成立する関係。

そんな関係を、少しずつ増やしていくことが、これからの未来には必要なのではないかと、僕は思っている。

言葉が多い人より、行動が多い人と働きたい。                           余計な説明をしなくても、同じ方向を向ける人と価値を生み出したい。

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